ある引退者の日記

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zoom RSS 中山道(3-1)

<<   作成日時 : 2017/05/17 18:15   >>

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横川駅から下諏訪駅まで2泊3日で歩く。
夕方に60%の確率で雨なので、東海道線の始発(戸塚5:15)に乗った。高崎まで1本で行ける。幸い、横浜駅で座れた。
熊谷辺りは空が暗くて路面が濡れている。予報より悪そう。小雨の中を歩くのは嫌だなぁ。横川駅に8時半過ぎ。暗い曇りで、14度ぐらい。歩き始めは少し寒い。
駅の高度は390m、ここから1000m以上の碓氷峠を越える。

横川の一里塚が一里塚の一覧表にはあるが、地図に出ていない。場所の推測もできないとは、不思議だ。

すぐに茶屋本陣の跡。
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さらに碓氷の関所の跡。大昔は山中にあったが、ここに移された。平和になったからだろう。
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坂本の宿の入口から見た、刎石山(はねいしやま)と上信越自動車道。この900mの山を越えて、少し下って、またさらに登って碓氷峠に着く。道路脇に板で作ったプランターが置かれている。
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江戸から宿の入口の下木戸の碑。
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坂本の宿の本陣跡。
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この宿場町は美しい。さらに街道脇を花で飾ってすごい。こんな宿場町は初めて、素晴らしい。
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上木戸の碑。
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林道入口は高度558m。ここから500m以上登る。
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こんな山道を汗をかきながら登る。
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ここが大昔の関所跡。
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刎石の一里塚の標識、ここまで50分登ってきた。ここまで誰とも会わない。まさか熊はいないと思うが、鈴を持って来なかったので、スマホで音楽を鳴らして歩く。
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山中茶屋跡の標識。
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山中の一里塚は、場所は推測だが、おかしい。刎石から30分しか歩いていない、それも登りの山道。多分まだ、刎石から半里だろう。

碓氷峠越えの山道で、すれ違ったのは、外人3人連れ、若い人3人連れ、年寄り数十人の団体。軽井沢からは楽だから多い。追い越したのは、単独の2人。

幸い雨は降ってこないが、霧が葉に付き雫になって落ちてくる。

碓氷峠は上野の国から信濃の国への国境。ネットには960mと書いてあるが、それは自動車が通る碓氷峠。高度アプリは1195mを示した。
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峠を過ぎたら、旧道が見つからない。仕方がないので、しばらく舗装路を歩いた。
下りになったら寒い。手の指先が冷たい。手袋が欲しい。10度ぐらいか?

11時半に別荘地に入った。

鶴屋は昔の茶屋。
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軽井沢の宿は、宿場町とは思えない旧軽井沢の商店街が広がっている。
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軽井沢の宿の本陣跡は商店街になっている。坂本の宿から2時間40分。
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軽井沢の一里塚は旧道沿いで、何も残っていないそうなのでスキップ。

宮之前の一里塚の古い石碑。
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中軽井沢の駅前で昼食。12:40→13:10
あってり麺というラーメンを初めて食べた。あっさり+こってり=あってり。細い硬めの麺で、醤油とんこつ味だ。
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沓掛の宿の(土屋)本陣跡の立派な家の表札。まさか「本陣土屋」さんという苗字?軽井沢の宿から45分。
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追分の一里塚の標識。
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追分の宿の清楚な街並み。
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追分の宿の本陣跡。沓掛の宿から50分。
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追分の由来の北国街道との分かれ道。北国街道は善光寺から直江津に行くそうな。
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御代田の一里塚は、現存。素晴らしい。街道歩きの喜びだ。
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小田井(おたい)の宿は、きれいだ。右側が本陣跡の建物。
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(安川)本陣跡は安川家の立派な御屋敷が建っている。追分の宿から1時間強。
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小田井の宿の本陣で、今日は終わり。
6時間余り歩いて、4万4千歩。28キロぐらい。長い登りの山道があった割にはよく歩けた。
3時半、ホテルに着く直前、予報通り雨がポツリポツリと降り出した。

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